shonblog’s diary

日々感じたこと。日記。思想。精神。宗教。自然と人。人間の構造をわかりにくい文章で探求していきます。

2021年を振り返って。

 あと6時間ほどで2021年が終わる。湯船の中で今年を振り返ってみる。

 自分にとっては今まで生きた中で最も自己中心的に生きた年になった。やりたいことをやり、やりたくないことを極力やらなかった。日本を旅して、寝たい時に寝て、定職にも就かず家でやりたいことをやった。誰にも縛られずにコロナ禍もあって、変に人と会わずに済んだから気疲れもすることもなかった。

 この自由奔放に生きたツケがいつか災いとなって自分に降りかかってくるかもしれないが、仕方ない。過ぎたことだから。

 普段真剣に過去なんて振り返らないから、いざ振り返ってみると、とても懐かしさを感じる。もう一度あの瞬間に返ってみたい気もするが、前に進みたい気もする。でもどちらかと言うと、過去を振り返るのは楽で、前を向くとまさに前途多難。色んな心配事や不安が散らかっている。

 不安は行動の欠如なんていうけど、そうは思わない。そもそも行動もある程度運命の仕業だと思うから。つまり自分自身では選択できない謎の力に導かれている。あたかも不安は自己努力によって取り除くことができるかのような言い方だが、どちらかと言えば自然発生的なもので、たかが人間の意思ではどうにもならない。不安なんてあって当たり前というのが僕の意見。

 この時期になると新年の抱負や目標を考え出す人もいると思うが、僕はそんなものは考えない。風の便りに身を委ねたい。そのほうが面白いから。人間の思考は生き方を狭める。もっと直観的に生きれば人生は色んな意味で豊かになると思う。

 あるおばあちゃんの話で、その人は若い時に旦那さんを失った。その理由が自殺だった。もっとも身近で頼りにしている人をそのような理由で失うなんて、想像を絶する思いだったろうと思う。話を続けていると、そのおばあちゃんから意外な言葉が返ってきた。

「あたしの人生はそれからがエキサイティングだった」

 この言葉が意味することは深い。人生は何が起きるかわからない。人の考えや想像を超えた領域ですべてが決まっていく。だったらとことん風に流され、移りゆく景色を享受していこう。

 おばあちゃんの話を聞いてそう思った。

こんなことを考えてると反省だななんだのどうでもいい。ただ今生きていることが不思議に思えてきた。やはり瞬間には勝てないな。